toohiiのお一人様がいい

1人が好きな男がいろいろと吐露します。

『火の粉』 奉仕する男は・・・。

今回は小説の紹介をしますね。

 

『火の粉』雫井脩介著です。

 

火の粉

火の粉

 

 

まず目次を見ると<1>判決とあります。

そして最後にまた<24>判決とあります。

裁判にはじまり、裁判に終わるとう構成の話です。

 

 また、語り手の視点も次から次へと変わっていく構成にもなっています。

まずは裁判長 梶間勲の視点で語られます。

次にその妻の視点で語られるようになり、

お次は二人の息子の妻の視点へと変わります。

 

こんなことを書いてしまうと、ややこしそうと感じてしまう方もいるかもしれません。

まったく問題なし。心配なく読むことができます。本当にスルスルと読み進むことができる文章なんです。

 

 

裁判長 梶間勲の視点

幼い子供を含む一家三人を被害者宅で殺害したという凶悪事件。

その判決の日から物語ははじまります。

被告人は武内真伍(51)。

紳士然とした姿、物腰。入廷したときは高級感のあるスーツを着ています。

先祖代々受け継いだ山林を処分して得た財産は4億あまりという身分。

そんな男が、友人として交際していた夫婦宅で一家を殺害。

理由は、

「プレゼントしたネクタイをまったくまったく使っていなかったから」

たかがネクタイでこのような凶行におよぶだろうかと、勲は悩みます。

武内という男が始終法廷で見せ続けている穏やかな立ち振る舞いを前にして、

ふさわしくないと首を傾げます。

 

武内は取り調べではこのように答えて、犯行を自供しているものの、

公判が始まった途端に全面否認しています。

 

被害者宅のリビングで談笑しているところ、ストッキングをかぶった一人の男が現れて、犯行を行った。自分も背中を激しく殴打された。

 

被告人の背中に残る打撲痕。

金属バットでの殴打によるものという凶器の認定では、検察側、弁護側、双方の鑑定の結果が同じ。

では、誰がそれをやったのか。

検察側の見解は武内の偽装工作によるもの。

弁護側の見解は、自作自演ではこれほどのひどい打撲痕をつくることはできない。

よって真犯人によるもの。

 

勲の率直な感想は、自作自演でこれだけのひどい打撲痕をつけることなどできないのではないか。その思いから疑いは武内ではなく、当局へと向けられます。

 

決め手のない手がかり。幻の犯人。ひとり生き残った男。

捜査が行き詰まり、武内犯人説をつくりだしたのではないのか。

 

裁判長 梶尾勲の出した判決は「無罪」。

 

これは冤罪だと判断を下したのです。

 

梶間尋恵の視点

武内の裁判のあと勲は退官します。

その二年後、勲は大学の教授として働いています。

新興住宅地に新居を構えて引っ越しています。

 

梶間家は4世代同居の家族です。勲と尋恵夫婦、その息子夫婦と、その子供。そして勲の母親である姑。その姑が脳卒中で倒れて寝たきりになってしまった。尋恵はその介護に日々追われています。

姑は大した用事でなくとも尋恵を呼びつけます。尋恵はひたむきに尽くします。

にもかかわらず、お礼の一言もない。

それだけではありません。たまに来る勲の姉は介護の不備を責め立てる。

こんな日々の繰り返しで、さすがに過労がたたり尋恵は倒れてしまうのですが。

 

そんなときに、なんと武内がお隣さんとして引っ越して来るのです。

 

そして、介護の手伝いをすることになる。

 

武内はとても熱心に手伝いをし、尋恵の良き理解者にもなっていく。

素晴らしい援軍の登場だと頼もしく思うのです。

 

雪見の視点

雪見は勲と尋恵夫婦の息子の妻です。3歳になる娘まどかのお母さんです。

子育て奮闘中の彼女ですが、実はつらい過去を背負っています。

でもそれを隠し、それを乗り越えようとがんばっています。

 

その雪見ですが、隣人となった武内には違和感を持っています。

思わず力負けしてしまいそうな陰気な視線を感じ取ったからです。

 

雪見の直感通り、やがて梶間家はおかしくなっていくのですが・・・。

 

 裁判・介護・子育て、さらに。

この作品は裁判というものを少し見せてくれます。裁判官とはいえ人。人を裁くときの悩み、特に死刑となるとその重圧はかなりのもの。もっと法律にそって冷静にと思っていたのですが、そうでもない様子が描かれています。

介護の悩み、子育ての悩み。姑や小姑との関係。経験したものだけが「わかるわかる」とうなずけるポイントがいっぱいです。

家族が壊れていくサスペンス。

ミステリーの要素も忘れてはいけません。

一人の男の過去を追う調査もの。

最初にあった大きな疑問が解決していく謎解き。

盛りだくさんなんです。ぜひ読んでみてください。

 

火の粉 (幻冬舎文庫)

火の粉 (幻冬舎文庫)

  • 作者:雫井 脩介
  • 発売日: 2004/08/01
  • メディア: 文庫
 

 

 

解説が非常に良い

巻末には藤田香織さんの解説がついてきます。これが素晴らしいですね。

絶対に本編をお読みになってから、この解説を読んでください。

本作の深い理解につながります。

 

この解説の中で、作者の女性心理の書き方を絶賛しています。

桐野夏生さん、及南アサさんに劣らぬとありますから、

それはもう相当なものだということでしょう。

 

 

解説を読んでみての感想(すでにお読みの方向け)

 ここからはネタバレ注意報です。

 

過度の奉仕。徹底的に相手に気に入られようと尽くす。

でも、それに感謝しないとブチ切れて殺人鬼へと変貌する。

 

 「プレゼントしたネクタイをまったくまったく使っていなかったから」

 武内が語ったとされる言葉。

 はじめの裁判のときに、たかがネクタイでこのような凶行におよぶだろうかと

 勲が納得できなかった点です。

 これは真実の言葉だったのですね。

 

なんとも奇妙で不気味な犯人を作り出したものだと思っていました。

これまでにない犯人像といいますか。

 

でも、解説を読んで改めました。

 

人に親切にしている自分を受け入れて欲しい。

誰にでもある欲求ですよね。

武内は一般人とは完全に切り離された、別の生き物としての殺人鬼ではないということです。

 

物語の視点の大半が、尋恵と雪見で構成されていることの理由がわかってきます。

気に入られようとふるまい、それがかなえられたいと激高するという武内の様。

これってまるで幼い子供のようにも見えませんか?

幼い子供はお母さんが大好きですが、

気に入らないことがあると突如わんわんと泣きはじめる。

その様子を見せるために雪見を使っているようにも感じてきました。

 

そして、尋恵。

姑の介護のところは同情に次ぐ同情でしょう。

姑だけでなく彼女は家族みんなに尽くしてきた。

にもかかわらず姑からはありがとうの一言もない。それどころか、夫の姉は尋恵を責めることしかしない。勲は我関せず。

それでも彼女は尽くします。

その様は、気に入られようと過度に尽くす武内にも重なってくるのです。

 

  武内を、単なる二面性のある人格破綻者として描いていない

 

 解説のこの文章から、上記のようなことを考えた次第です。

 

 

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