音声配信サービス。voicyはいい。
最近はvoicyを毎日聞いています。
voicyとは音声配信のサービスです。
注意。音楽ではありませんよ。
YouTubeの音声だけ版だという理解でいいのではないかととらえています。
voicyがいいのは、画面を見なくてもいいこと。
つまり、「ながら」ができることですね。
ラジオみたいなものですね。ラジオを聞きながら、運転できるし、家事もできる。
仕事をしている人も多いでしょう。
それと同じ感覚で聞けます。
時間としては10分程度のもの、時には2~3分程度のものをぼくはよく聞いています。
フォローしている人も何人かできまして、
その中の一人の方の発言についてぼくなりの意見を今日は書こうと思います。
自分で探せというけれど
その方有名な方。
短い時間でとてもためになることを教えてくれてとてもいいのです。
が、それはどうかな?と思うことがありました。
批判的なことになるかもしれませんので、その方の名前は伏せますね。
(あくまでも、批判ではなく要望なのですが・・・。)
読んでよかった本を教えて欲しいというコメントに対して、
私はそれはしませんといっていました。
ご自身の著書でもその姿勢だそうです。
(答えを教えてくれ系には冷淡という表現でした)
何故なら
①その人にとっていい本とは限らないから。
②再現性が低いから.。
どちらもおっしゃる通り。
魚を与えるのではなく、魚釣りのやり方を教えるのはよろこんでする。
つまり、答えを教えるのではなく、
それに至るプロセスを教えたい。
答えというのは自分で探し出すものだから。
まったくおっしゃる通り。
でもね・・・。
教えてあげてもいいんじゃないの。
と思いました。
コメントをした人は、おそらくはその方に憧れている人。
その方のようになりたい。
その方の考え方に近づきたい。
だからこそ、マネをしたい。
ぼくも憧れている人の本は読みますが、
どうやったらこんな人に近づけるのかと考えた時に、
その人は今までどんな経験をしてきたのか気になりますし、
どんな本を読んできたのかも気になります。
その方は自分にとっての「いい本」を探す方法はたくさん読むことだと言っていました。(本当にたくさん読んでいるようで、恐れ入りましたが・・・。すごい方というのは、なんだかんだで実は量をこなしているものです。それをまた改めて学びました)
おっしゃる通りなんです。
ならば、
片っ端から、本屋あるいは図書館の端から読んでいけというのかということです。
(その方はそれをやってしまっている勢いです。)
それってまだ力のない人には厳しい方法です。
たくさん読む必要があるのはわかります。
その取っ掛かりとして、まずはあなたが読んでよかったものを教えて欲しいと言っているのではないでしょうか。まず、それから読んでみますと言っているのではないでしょうか。
だから。
教えてあげてもいいんじゃないの。
と思いました。
理由を考えてみた
では何故、その方が冷淡であるのかを考えてみました。
「それがその人にとって本当は一番いい方法だから」
でしょう。
ですが、別の理由もあるのではと考えました。
それは、
不届きな輩がいるという問題です。
「良い本」を教えてあげても、
「良くなかった」と怒り出す人がいる。
実際にいるらしいですね。
他の有名人もそういう奴がいる言っていました。
それってまったくもっておかしな話です。
どこまで他人任せなんだよ!!!!
と思います。
あくまでも、決めるのは自分。
相手がどこまで自分のことをわかっていると思っているのでしょうか。
人それぞれに環境、現状、レベルは違うものです。
だからこそ、決めるのは自分。
怒り出す人は、
自分のすべてをわかって教えてくれよと言っているのです。
無理ですよ。
そういう人は、何を教えても、誰から教わっても、
学ぶことはできないでしょう。
そんな輩を相手にしたくはありませんよね。
その方はそういう輩に疲れてしまったのかもしれません。
それにそういう人って広告・宣伝にだまされやすいそうです。
安易に正解を求めているから、それを教えてくれるものに安易に手を出してしまう。
だからこそ、そんな安易に答えを求める習慣をやめるべきだよと言っているわけです。
実はぜんぜん冷淡ではない。
いろんなことを試してみて、
消去法で探し出そうね、ということです。
わかりました!!!!
で、
それを踏まえた上で・・・
いろんなことを試してみますので・・・・
それをするために・・・・
一つの方法として・・・・
読んで良かった本を教えてほしいなあああ、と思ってます。
(自分にとっては良くなくても怒りませんからっっっ。)
でわでわ。また不定期にお会いしましょう。
ホイじゃ、また。